2010年02月28日

Verdi “Simon Boccanegra” Santini/Teatro dell'Opera di Roma

Giuseppe Verdi “Simon Boccanegra”

Simon Boccanegra : Titto Gobbi
Jacopo Fiesco(‘Andrea’) : Boris Christoff
Paolo Albiani : Walter Monachesi
Pietro : Paolo Dari
Maria Boccanegra (‘Ameria Grimaldi’) : Victoria de los Angeles
Gabriele Adorno : Giuseppe Campora
Un capitano : Paolo Caroli
Un'ancella : Silvia Bertona
Coro e Orchestra del Teatro dell'Opera di Roma
Conductor : Gabriele Santini
Teatro dell'Opera,Roma 1957.9.25-30,10.1
(EMI)

クラウディオ・アバド指揮スカラ座による名演(DG)の陰に隠れがちのこの録音。確かにガブリエーレ・サンティーニ率いるローマ歌劇場管弦楽団の音楽は、アバド盤に比べてダイナミズムや劇的な盛り上がり・うねりを欠いていることは否定できない。アバド盤を愛聴してきた筆者は初めてこのサンティーニ盤を聴いた時、「なんと暢気な演奏!」と驚いたものである。
しかし何度かサンティーニ盤を聴いてゆくにつれ、アバド盤とは異なる、そのしみじみとした味わいにも魅力を感じるようになった。どことなく枯淡の境地にも通じる、静かな色合いの抒情が流れている。そしてその抒情は、再会へと導かれる生き別れの父娘の心の動きに、愛と平和を求める祈りに、娘と政敵との恋に昔の因果を思う父親の複雑な心境に、死を目前に海への憧れを歌う男の思いに、男たちの遅きに失した和解に、なんとぴたりとはまることか。「悲しみ」よりは「哀しみ」の色合いが全編に濃く漂うこの作品には、このような音楽創りも似合っているように感じられる。
タイトルロールを歌うのは、名歌手であり名優であったティト・ゴッビ。その卓越した歌唱は、海賊・恋する男・総督・父親と、複数の顔を持つシモン・ボッカネグラの人物像を刻銘に描き出す。英雄的な歌声で「男の中の男」としてのシモンを見事に歌い上げたピエロ・カップッチッリに対して、ゴッビの雄弁な歌唱には、したたかな政治家であると同時に妻や娘を心から愛してやまぬひとりの男としてのシモンが生々しく息づいている。
娘として相対するマリア=アメリアを歌うのはビクトリア・デ・ロス・アンヘレス。彼女は実演ではこの役を歌ったことはないが、そのことを感じさせない自然な美しい歌唱で魅了してくれる。いわゆるヴェルディ・ソプラノに比べて軽く細身に聴こえる彼女の歌声は、他のソリストが男声ばかりで重く渋いこのオペラの世界に差し込むひと筋の白い光明のように映える。孤独に耐え愛と思いやりに生きる清純な娘であるだけでなく、男たちの限りない憧憬の的となる“永遠の女性”の象徴としてのこの役を見事に表現している。
フィエスコを歌うボリス・クリストフの、誇り高い権門にふさわしい剛直で高貴な歌唱。ジュゼッペ・カンポーラはいかにもイタリアン・テノールらしい張りのある明るい声とおおらかな歌唱でなかなか魅力的。パオロがいまひとつ物足りないのが残念だが(パオロ役に実力のあるバリトンを配置できるかどうかは、このオペラの上演の出来を左右する重要ポイントのひとつであると私は考えている)アバド盤の20年近く前にすでに存在していたこの録音の魅力と価値は、もう少し顧みられてもよいはずであろう。
posted by ぶらっくたいがあ(元ユルシュール) at 21:25| Comment(0) | TrackBack(0) | ビクトリア・デ・ロス・アンヘレス 録音 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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