2010年04月06日

2010.4.4 東京・春・音楽祭 ヴァーグナー『パルジファル』(演奏会形式)

一昨日、数年ぶりに生オペラ鑑賞復帰いたしました。といっても演奏会形式ですが。東京・春・音楽祭の「東京春祭ワーグナー・シリーズ」第一弾、『パルジファル』演奏会形式です。
久しぶりの生オペラ復帰がいきなり『パルジファル』じゃきついかな(しかもこの作品をこれまで生で聴いたことがない)、とも思ったのですが、長大なこの作品自体日本でちゃんと聴ける機会は限られていそうだし、ヴァーグナーの楽劇の中でもこの作品と『トリスタンとイゾルデ』に限っては妙ちきりんな演出で見せられるくらいだったら演奏会形式の方がはるかにマシと前々から思っていたので、思い切って聴きにゆくことにしました。会場は東京文化会館大ホール、席は3階右サイド(下手側)。

演奏会形式とはいえ久しぶりの生オペラのせいか、はたまた風邪気味だったせいか、主要ソリストがみな良い歌唱を聴かせてくれているというのは分かるもののなかなか舞台に没頭できませんでした。それが変わったのは、第1幕の聖杯の儀式に入ったあたりから。場面転換の音楽と共に入場して舞台後方(オーケストラの背後)にずらりと並んだ男声合唱の最初の歌唱の後、オフステージからの合唱が聴こえてきた瞬間、
「ああ、これは宗教曲なんだ、祈りの歌なんだ!」
と気づき、この時にこの舞台にはまれた気がしました。そして、アンフォルタス役のフランツ・グルントヘーバーの、我が身をえぐるような、えぐった後の傷跡の肉と血が見えるような歌唱。もう、そこから先は、この作品の世界にどっぷり浸りきっておりました。

久しぶりにオペラ歌手の歌唱を生で聴いたというのを脇に置いても、この作品で主要ソリストがこれだけハイレベルに揃った舞台をこの先聴けるだろうか、と思います。
主要ソリスト6人の中で私が名前を知っている歌手は恥ずかしながらグルントヘーバーくらいだったのですが、彼の歌唱は徹頭徹尾、アンフォルタスそのものでした。声のサイズや重さがこの役に合っているとか表現力が卓越しているとか古稀を過ぎた人とは思えない立派な歌声だとか、そういうレベルを凌駕した問題です。本当にこの役に関しては、この先彼以上にしっくりくる歌手に出会えるだろうか、とまで思ってしまうほどでした。
クンドリーを歌ったミヒャエラ・シュスターも、まさに入魂の歌唱と演技(!)でした。第1幕前半、楽譜を手にまろび出るように譜面台へと進み出た時から最後まで、彼女は役に没入していました。ややハスキーな声で、旋律に声をゆだねて歌うよりは言葉の発し方・扱いに重点を置いた歌いぶりでした。声の色合いや表情を実に細かく多彩に変化させ、この役の持つさまざまな“顔”やその感情の激しい揺れを極めて的確に表現しており、本来の意味で劇性に富んだ歌唱とはこういう歌を指すのだと思います。第2幕後半で彼女の発した、“lachte!”((キリストを見て)笑ってしまった!)の叫びは、鋭いピンのように客席にいた全員を――会場の空気を、釘づけにしました。
そして、タイトルロールを歌ったブルクハルト・フリッツ。第一声を聴いた時点で「おお、これは期待できるな」と感じたのですが、その期待は最後まで裏切られないというより、期待以上でした。演奏会形式とはいえこの難役を最後まで破綻なく歌い通したというだけでも立派なのでしょうが、彼の場合、幕を追うごとに良い歌になっていったように感じます。明るくハンサムな声でしたが、単に恵まれた声と勢いで歌っているというのではなく、その歌唱はドラマを――無垢なる愚か者から真の救い主へと成長するパルジファルの心を、はっきりと伝えてくれるものでした。本当に、全3幕を通して声や歌唱に荒れをほとんど感じられなかったのは驚きです。個人的にはパルジファルは若さの感じられる明るい声質のテノールに歌ってほしいと前から考えていただけに、ほぼ理想どおりのパルジファルに出会えた思いでした。

パルジファル、アンフォルタス、クンドリーとこの作品の軸となる3人の歌手が揃って素晴らしいということだけでもすごいのに、他の主要ソリストもみな堂々たるものだったのはなんともはや。
ペーター・ローズのグルネマンツは硬質で明るく澄んだ、フレッシュな響きの美声で、この作品の狂言回しともエヴァンゲリストともいえるパートを見事に歌い通していました。クリンクゾール役のシム・インスンも非常に優れたキャラクター・バリトンで、声も表現も、この難しい役には全く申し分なかったです。ぜひ彼のアルベリッヒを聴いて/観てみたいと思いました。舞台袖から歌ったティトゥレル役の小鉄和広も立派な歌唱でした。

今回、ソリストたちと同じくらいかそれ以上の讃辞を捧げたかったのは合唱(東京オペラシンガーズ/東京少年少女合唱隊)です。特に男声合唱=聖騎士団は、理想の演唱を聴けました。粒が揃い、ストイックで、信仰を感じさせると同時にエゴに満ち、暴力的なまでの力にあふれ……アンフォルタスが彼らに押しつぶされるさまが、はっきりと実感できました。
ウルフ・シルマー率いるNHK交響楽団は、この長大な作品を淀みなく聴かせてくれました。歌手も歌いやすそうで、充分いい演奏だったとは思います。ただ、どこか物足りない、この作品のオケとしてはもうひと押しふた押し何かが欲しい、と感じたのも事実です。それが何かは自分でもいまひとつはっきりしないのですが……。また、オーケストラが舞台上に置かれていたせいもあり、フォルテッシモでは(決して小さくない)歌手の声をも覆ってしまうことがままありました。

ともあれ、久しぶりのオペラ鑑賞そして初めての『パルジファル』がこの舞台で、本当に良かったです。終演後の私は確かに疲れていましたが、それは実に心地よい疲れでした! ヴァーグナー万歳、オペラ万歳!
posted by ぶらっくたいがあ(元ユルシュール) at 21:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 舞台鑑賞(オペラ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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