2010年06月08日

2010.6.8 『キャンディード』(帝国劇場)

マチネ、2階K列中央。

ヴォルテール&パングロス:市村正親
キャンディード:井上芳雄
クネゴンデ:新妻聖子
マキシミリアン:坂元健児
マーティン:村井国夫
老女:阿知波悟美
ヴァンデンデルデュール:安崎求
パケット:須藤香菜
カカンボ:駒田一

体調が良くない中での観賞だったので、かなり大雑把な感想になってしまっています。
 ……前回の『サウンド・オブ・ミュージック』といい、4月の『パルジファル』といい、体調管理何やってるんでしょうか、私。情けないです。今日はたまたま体調の悪くなる時期と重なってしまった、という方が正確ではありますが。
 後で書き直すかもしれません。
*2010.6.11 追記

 結論から述べると、とても気に入った。バーンスタインの音楽はやはり素敵だし、作品そのものとしては『ウェストサイド・ストーリー』よりも好きかもしれない。演出は『レ・ミゼラブル』でおなじみジョン・ケアード。大がかりな舞台装置は一切なく、大小いくつかの箱と、布、そして照明と回り舞台によってすべてを表現する。群衆処理や照明の扱いなどに『レ・ミゼ』と共通するものを感じた。もう少し小さな劇場の方が合っているかもしれないと思ったが、彼の演出は、やはり好みだ。オーケストラ・ピットが見当たらないな、と思っていたら、バックステージに陣取っていることに序曲で気づいた。
 舞台に引き込まれたのは、クネゴンデ付きの老女役の阿知波悟美が登場したあたりから。小柄な身体に隠されたパワー、決して自己主張の過ぎることなく、しかし観客の目を引きつけずにはおかないたたずまいと演技力、力強い歌。舞台を圧倒するというよりは、舞台の空気を壊すことなく内側から引き締め引っ張ってくれるタイプのように感じられる。彼女の舞台を観るのは初めてだが、彼女のことがすっかり好きになってしまった。
 舞台のナレーターを務めるヴォルテールと哲学者パングロスの2役を務める市村正親は1幕・2幕合わせて3時間にわたる長丁場、ずっと出ずっぱりでの奮闘。その歌声、存在感、ダンスなどの際の身のこなしの美しさ、かつて『蜘蛛女のキス』や『ミス・サイゴン』で観た時とそのままで嬉しかった。変わらないといえば村井国夫もそう。彼のジャヴェールを最後に観たのは何年前のことだろう。歌も演技も衰えをみせることなく、元気に舞台を引き締めている姿は本当に素敵だった。
 駒田一のキュートなカカンボは舞台の癒しだったし、もちろんガッツを感じさせる歌も見事。安崎求は初めて観た(聴いた)が、美声&作り声の歌唱が圧巻で、『レ・ミゼラブル』では若き日にマリウスを、近年はテナルディエを演じているというのも大いに納得。見せ場は少なかったがもっと彼の舞台を観たいと思わせてくれた。そして坂元健児。歌の素晴らしさはもちろん(もっと彼の歌を聴きたかった!!)、喜劇のセンスにも恵まれていて、実にいい味を出していた。彼が出てくるたびに目がまず彼の方に向いてしまう。今回は特に予習もせず、大まかなあらすじを頭に入れただけの観劇だったため、第2幕冒頭でキャンディードと再会するマキシミリアンの遍歴の詳細は今回初めて知ったのだが、彼にいったい何があったのか2階席後方からでもひと目で分かる演技・雰囲気を作り出せるのはなかなかすごい。いやあ、この人こんなに面白い人だったのか! 「しせーじ!」しばらく忘れられなさそう(笑)。
 後回しになってしまったが、若い主役カップルふたり。井上芳雄を観るのは実は今回が初めて。なるほど、清潔感のある容姿と整ったテノールで、人気が高いのも分かる気がする。どこかおっとりした雰囲気が役柄にもよく合っているように感じた。タイトルロールなのだし、もっと前に出て物語を引っ張ってくれてもよいのではないだろうか。キャンディードの心理の変化ももっと分かりやすくなるといいのだが、と思いながら観ていた。これからこなれてくるのだろう。新妻聖子は6年ほど前に『レ・ミゼラブル』のエポニーヌを観たことがあるが、あの頃に比べて歌唱も演技も格段に熟していた。以前観た時はとにかく恵まれた声でがんがん押しの一方、という印象が強かっただけに、本当に成長したな、と実感。クネゴンデのあの難易度の高いアリアも大健闘。歌いぶりにどこか晩年の本田美奈子の歌唱を思い出させるところがあったのは、発声に共通点があるのだろうか(ミュージカル歌手がソプラノの歌を歌う際の発声という点で)。

 個性豊かでレベルの揃った(今回はアンサンブルの質も比較的高くて嬉しかった)ミュージカル歌手たちの歌声で聴けたのが嬉しかった反面、この作品にはやはりクラシックの発声が必要なのかな、と感じるところもあった。しかしそれはそれとして、実に刺激的で見応えのある、そして楽しい(これは大事なことだと思う)舞台だった。初日からまだ1週間、これからもおそらく進化してゆくのだろう。気が早い話だが、できればこの作品は数年後あたりに再演してほしい、大切にしてほしい作品だ。

(H22.6.11追記)
 決して面白おかしいだけの作品ではないが(ブラック)ユーモアあふれる舞台だったので、もう少し笑いが出てもいいのにと思いながらの観劇ではあった。少なくとも、5月22日の『サウンド・オブ・ミュージック』の客層だったらがんがん笑いがとれたはずだ、と感じたシーンがいくつもあった。どうも観客のノリがよくなかったような気がする。もっとも私の座った2階席は平日マチネという時間帯のせいもあって空席が目立ったのでそのせいかもしれないが。あまり笑いが出なかった理由には観客の大半が女性だったのも関係しているかもしれない(※1)。なにせブラックユーモア&下ネタがいっぱいだからなあ……。
 それにしても、“人生良いことも悪いこともある、まずは自分の畑を耕そう”というのは、今の私にとっては実にありがたい教訓だった。皮肉でも何でもなく、心からそう思う。この作品は『ラ・マンチャの男』とはある意味対照的だが、今の私には見果てぬ夢をみ届かぬ星を目指すより、こちらの教訓の方がはるかに救いなのだ(※2)。かつては王だったがもはや王ではない。幻想を捨てて、楽観にも悲観にも陥らず、まずは、目の前のことからひとつずつ、一歩ずつ。

(※1)第2幕冒頭の‘We are Women”では、最後のサビ部分で客席の照明が一瞬ついた。女性客が多勢を占めているのを見越しての「観客巻き込み型演出」だ。
(※2)私は文学作品『ドン・キホーテ』は五本の指に入るくらい愛しているが、その昔『ラ・マンチャの男』を観た時はサンソン・カラスコに共感してしまった変な奴である(そして今観てもその感想はあまり変わらないような気がする)。『ドン・キホーテ』では痛切に覚えるドン・キホーテへの共感がなぜ『ラ・マンチャの男』ではさほど持てないのか、うーむ。
posted by ぶらっくたいがあ(元ユルシュール) at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 舞台鑑賞(ミュージカル) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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